T 邸
静岡県伊東市天城高原, 2021—2025
SITE I : 土地なし
このプロジェクトは、文字どおり土地なしから始まった。東京の小さなマンションに暮らす施主は、「通勤できる可能性」を求め、東京から電車で1時間圏の土地を探し続ける。建築家は助言者として同行し、鎌倉のいくつかの敷地を一緒に訪れる。だがどれも小さすぎるか高すぎるか、あるいはその両方で、果たせない数週間が続く。
SITE II : 山奥
何ヶ月も経ったある日、施主からメールが届く。別の場所に土地を買ったという。
道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
— 川端康成『伊豆の踊子』
VISIBILITY I: 見える、見えない
最初の2回の訪問は、まるで気象統計を証明するかのように、まったく異なる体験となった。標高およそ900メートル。山の森をくねくねと車で上ると、敷地南西の境界に沿う道の、最も高い地点にたどり着く。そこに至るまでに、いつのまにか、北東の境界線を34メートル下に通る道を通って来た。幅の狭い道を下っていくと、前の所有者が中央に切り開いた開口部へと至る。雲ひとつない空。目の前に広がる全方位、120度の大パノラマ。遠くに弓なりの矢筈山、やや右には、毎年の儀式で焼き払われて禿げた大室山のふくらみ。遠景には関東平野と太平洋。
数週間後に再訪すると、雲も霞も、斜面すら曖昧な灰色の膜となって、視界を覆っていた。開口部と知っていた場所も、景観も開けず、近い木々さえ視えない。そこにすべてがどこかにあると感じる濃灰の中、さらに美しく思えた。
INSIDE THE OUTSIDE: 外の中
施主は質素なアートコレクター。ここで購入した最大の作品は、静かに移ろう自然そのものだ。建築の役割は、外部を抱き込み、斜面と風雨から守りつつ、その背景となること。彼が長年にわたって求めてきたのは「外」を欲すること。むしろ「外の中」に住みたいのではないか。議論を重ねるうち、遂にはプログラムはシンプルに思えた。閉ざされた家の中に部屋を分けるのではなく、自然に溶け込む「開かれた空間」をつくること。
ROCK-ROOF: 岩、屋根
まるで大岩の内側を彫り、頂上には典型的な切妻屋根を精緻に刻んだかのような、「岩と屋根のハイブリッド」を提案した。T邸では開放性と重厚感が併存する。屋根の形状は、勾配屋根を求める条例と、斜面の角度に従いながら、興味深いことに、二つの屋根面が山の一部のようでいて、同時に際立つ存在となる。
VISIBILITY II: 見えない、見える
どちらの道からも、T邸の姿は見えない。敷地への入り口は南からの最高地点。狭い道を歩くと、葉越しに屋根が少しずつ見え始め、その石質の表面が触感として感じられるようになる。道は建物を回り込む。大きな岩と思えたものは実は完全にくり抜かれていて、内側は白で統一された一続きの空間。天井に達しない薄い壁は、森の中を行き来する前後感覚をそっと建築内に持ち込む。岩をくり抜いた内部に立つと、外の軽やかさが際立つ。神秘的な霧に包まれるときはなおさらだ。
静岡県伊東市天城高原, 2021—2025
Type
Status
Team
フロリアン ブッシュ, 宮崎佐知子, 山下ジロ, 岸井摩紀, ヨアキム ナイス, 陳協志, 米山昂佑
構造: 川田知典構造設計 (川田知典)
施工: 大同工業株式会社
Size
延床面積: 91 m²
Structure
関連プロジェクト:
- T 邸, 2021—2025
- 中富良野のW邸, 2022—2024
- 虚空のある家, 2022—2024
- 三番町の家, 2023—2024
- 昇, 2021—2023
- 有島のI邸, 2020—2023
- 永田台の「内にひらく家」, 2021—2023
- 伊豆高原のI邸, 2019—2021
- ヒラフ・クリークサイド, 2021
- 森の中の家, 2017—2020
- 神楽坂のYプロジェクト, 2017—2018
- ニセコのK邸, 2015—2017
- 千葉のS邸, 2011—2015
- 私たちのプライベートスカイ, 2013
- ヒラフのL邸, 2010—2013
- BL プロジェクト, 2012
- 吉佐美のA邸, 2009—2012
- 内にひらく家, 2011—2012
- 高田馬場の家, 2010—2011
- F&Fプロジェクト, 2011
- 斜面の家, 2011
- 土気 7, 2010
- 雪の中の二軒, 2009—2010
- 軽井沢の家, 2009
- RG プロジェクト, 2009
